第四章 ダウン・ライト・ライ
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「「ありがとうございましたっ!」」 佑介と彩島の声がはもる。
七月二十六日、お昼時の『喫茶加藤』は、昨日の賑わいを忘れたかのように平常営業。いつも通りのまばらな客が、コーヒーを啜りながら、スポーツ新聞や、週刊誌を読み漁っている。
昨日、莉子との約束を忘れきった佑介は、ベッドに身体を横たえても全く眠気がやってこず、今朝も睡眠不足のまま、バイト先までふらふらと自転車を漕いだ。
ここまで聞くと、昨日と全く同じ展開だったが、今日の佑介は違っていた。
「二海君、今日はオーダーミス無かったね? 何か凄い集中してたよ」
「そうですか? 気持ちが入れ替わったからですかね。俺もアルバイトを頑張ったら、変われるような気がしてるんです。先輩のお陰ですね」
「私、昨日凄い喋っちゃったよね……私のお陰なんて言わないでよ。これから二海君が変わる事に私は関係ないと思うしさ」 彩島は食器洗いをしながら答えた。
「目指すは先輩ですよ! 俺、先輩のいる高みに近づいてみたいんです」
佑介は彩島が洗った食器を、隣で受け取って丹念に水分をふき取っている。佑介は、食器を見つめながら、そう言った。
「私の高みって、私なんかそんなにいい物じゃないって……今だって受験勉強が上手くいってないしさ……」 彩島は苦笑いしながら、円を描くように皿を洗っていく。
「そういえば、先輩今年受験ですよね。やっぱり国立の大学を目指してるんですか?」
「うーん、受験の話はちょっと今やめて――――、ここにいる時だけは忘れてたいの」
彩島は首を左右にブンブンと振った。受験の話が相当したくないようだ。
「わかりました。じゃあまたここ以外の場所で会ったときに、お願いしますね?」
「二海君鬼だよ……、外では会わないようにしよ、絶対に逃げ切ってやる―――――!」
彩島はエプロンを捲り上げて、顔半分を隠すようにした。
「手始めに三年生の補講に忍び込んでいいですか?」 ニヤリと笑う佑介。
「おい、お前ら随分楽しそうだな。俺も混ぜろよ。なあ?」
「「えっ」」 キッチンが北極に転送されたかの様に、空気も身体も、一瞬にして凍りつく。
「俺も同じ従業員なんだが、そうやって無視するのはよくないんじゃないか?」
赤橋は右手に缶コーヒーを持って、ニヤニヤしながらキッチンに入ってきた。喫茶店の店員が、自販機のコーヒーを飲んでいるのはおかしい気がするが、赤橋には似合っていた。
「チーフ、そんなキャラでしたっけ……大人しくキッチンで店長と新作料理でも研究してて下さいよっ」 彩島はほっぺたを膨らませて、鬼チーフである赤橋に堂々と文句を言った。
「彩島っ、お前こそ上司にそんな事を言うキャラだったか? 昨日の一件もそうだが、これは店長に報告して、店の要会議事項にしないといけないみたいだな」
赤橋の手に握られたスチール缶が変形する。
佑介は、キッチンで急に勃発した彩島×赤橋戦争の、真ん中にポジションを取っていた。
「二海君もチーフに言ってやってよ、店長とよろしくして来て下さいって!」
「二海、お前分かってるよな。ここではどちらに付いているのか正しいのかって事をよ!」
左右から睨まれる佑介は、何なんだこれ! と心の中で何度も唱えた。
06,
2008



